春日部商工会議所青年部通常総会

4月16日に、春日部商工会議所青年部の通常総会が行われました。
来賓として招かれていましたので小笠原専務とともに出席してまいりました。

春日部商工会議所青年部様におかれましては昨年、関東ブロック大会かすかべ大会の開催など、チャレンジングな事業を成功させるなどとても刺激になる姿を見せていただいております。

今回の通常総会では、平成30年度の事業報告書ならびに収支決算書が承認され、竹中直前会長のつとめが無事終わりました。本当にお疲れ様でした。

そして、平成31年度の事業計画書ならびに収支予算書が承認され早川会長の年度がスタートしたわけです。地域の青年団体としてともに、地域に好影響を与えていきたいなと改めて感じました。

現在春日部YEGは95名の会員だそうです。
我々も負けずに仲間を増やしていきたいなと思いました。
桑原議長、協力しますので頑張っていきましょうよ!

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熊本地震から3年(その5)完結編

熊本地震の現場に赴き、身を以て感じたこと。
それは3つ。

まず1つ目に、
私たちはテレビなどで芸能人が支援物資を現地の人に手渡し、もらった人が笑顔にあふれ元気になる姿を想像して、意気揚々と益城町に行きました。しかし、結果的にどこの誰か分からない怪しい男二人組が物資を渡そうとしても、現地の人が笑顔で受け取ってはくれませんでした。
芸能人が渡すから元気を与えられる。
森高千里が渡したらみんな笑顔になってくれるけれど、僕が渡したところで人を笑顔にすることはできませんでした。
何をもらうかではなく、芸能人そのものが人に元気を与えられる存在なのだということ。自分もそんな人間になりたい、そう思いました。
私たちがやろうとしていたことはただの自己満足を求めたものだったのかもしれません。

2つ目に、
益城町で支援物資を渡そうという私たちの英雄気取りの行動は、受取拒否という結果に終わりました。しかしながら、その荷物を北九州乳児院に持ち込んで寄付したところ、それはそれは大変喜んでくれ感謝されました。
大きな災害が起きると、芸能人はこぞってボランティアをし、多くの人が手を差し伸べます。
しかし、テレビや新聞が大々的に報じないところで、皆さんの力や寄付を必要としている人は常に存在しているということです。
こんな体験がなければ、北九州乳児院という存在を知ることもなかったでしょうし、このことに気づかなかったかもしれません。

そして3つ目に、
この旅を通じて、全国から送られてくる支援物資の山や、集積所、そしてリーダーシップを発揮してそれらを各町内に配達して行く熊本青年会議所様、東熊本青年会議所様の姿を目の当たりにしました。まさに、これがひとつの青年会議所の力なのだと実感した場面でした。
また、支援物資のミスマッチングが起きたように常に本部と各地の拠点が連絡を密にし、ニーズをフィードバックしていかなければならないことが分かりました。
奇しくも、本年、日本青年会議所関東地区協議会の国土強靭防災減災委員会に馬場茂明君が委員長として出向しています。ひとたび大災害が起きた時に青年会議所という組織はどのように地域の役に立てるのかを考えています。
私は熊本地震の現地でそれを考えさせられたような気がします。


あれから3年、
未だ復興は道半ばと聞いております。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、被害を受けた方々が一刻もはやく元の生活に戻れることを御祈念申し上げます。
また、熊本青年会議所別当専務(当時)他、お世話になりました皆様、色々とありがとうございました。

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熊本地震から3年(その4)

私たちは熊本県益城町から、大分県湯布院に向かいました。
※熊本地震から3年(その3)参照。

宿を探すのはもちろんのこと、熊本地震直後から湯布院や別府をはじめとする温泉宿を中心に50万件以上の予約キャンセルが発生し、観光産業が大ダメージを受けていると聞いたからです。

少しでも応援したいという気持ちで湯布院に宿を取り、現地の食事処で夕飯を食べました。5月のゴールデンウイークだと言うのに人はまばらで、活気はすっかり失われていました。

ここで私たちは、トラックの後ろの支援物資をどうするべきなのか考えました。せっかく地元春日部の人から預かってきた荷物です。捨てるわけにはいきません。

結果として、
もう一度帰り際に北九州市に寄った時、北九州市乳児院に行き、全て寄付しようと決めたのです。
乳児院とは、

“児童福祉法37条により定められ、ご家族の方の病気、父子・母子家庭、出産、その他様々な事情により家庭で一緒に暮らすことが困難な状況になったとき、児童相談所を通じて0歳からおおむね2歳までの乳児を預かり看護師などと生活する施設です。”

大分県湯布院や別府温泉を観光し、産業の復興に少しばかり貢献したのち、私たちは北九州乳児院に到着しました。そして、オムツやお菓子、飲み物など必要であったら使ってください、寄付します、と申し出たわけです。

すると、施設の方が、「本当にありがとうございます。こういうのはいつも不足しているので助かります。ありがとうございます。」と、心底喜んで受け取ってもらえました。後日、木村先輩の会社に御礼状が届いたほどです。

そこで、私たちは3つの大きな大きな教訓を学んだのでした。

(その5)完結編につづく。

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震災の影響を伝える現地紙。

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風光明媚な湯布院に宿泊。

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別府温泉血の池地獄。雨が降ってくるが傘はない。

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北九州小倉を代表する企業、TOTO本社にあるTOTOミュージアムを訪れた。我々業界人にとっては必見の場所である。
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被災者に物資を手渡しする森高千里。被災者の顔には笑みが溢れる。





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